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好きなゲームを問われたら、選べないほどにいっぱいあるけれど、青春時代の思い出のゲームと問われたら間違いなくこの「MOTHER」を選ぶ。


どーも、たけGです。


今日、令和7年7月27日はファミコン「MOTHER」の発売からかれこれ36年目なのです。

これまで発売何周年なんて気にもしてなかったのですが、ここ数年は意識するようになりました。

それがツイッターのおかげと言いますか。


元々アカウントだけ作ってこのブログとリンクさせてるだけだったツイッター本格的に始めてみたところですね。

ゲーム好きな方々と巡り会ううちに僕と同じように、いや僕以上に「MOTHER」好きな方々と出会うことができまして。




この方はもはや神!

この方を通じて、「MOTHER」の父である糸井重里サマからいいねをもらえたり、リツイートして頂いたりと信じられない軌跡が舞い降りました。




ビックリでしょ?ビックリしますよ。


YouTubeチャンネルも必見です!





MOTHER2リメイクを遊んでいる気分になれますよ、いやマジで。

MOTHERが好きな方には是非見てもらいたい。

公式と言われても疑わないくらいのクオリティにもはや脱帽です。


元々MOTHER好きを自負しているつもりだったのですが、何故これまで発売の記念日を意識していなかったのか。

その当時の記憶を紐解いてみますと…


それは35年前。

そんなになるんだなぁ。


発売された1989年7月27日。

その当時の僕は高校3年生。

高3の夏と言えば御多分に洩れず、受験勉強中の真っ只中。

親の小遣いでゲームを買っていた高校3年生が受験時期に新作ゲームを買ってもらえるはずもなく、記念すべき発売日には購入しなかったのがあります。


でも、実を言うと自由にゲームが買える身であっても、発売日に「MOTHER」を即買いしたかどうかはちょっと怪しいところで。

と、言うのも当時は、

「MOTHER」が出るんだって!YEAH!やったね!待ち遠しいね!

だなんて、これっぽっちも思ってなかったような。

まぁ雑誌記事を見て少しは気にしていた程度かな?

任天堂から新しいRPGが出るというのは知ってはいたと思うのですが、初報から発売日に至るまでの間は多分そこまで興味はそそられてなかったんじゃないかなぁ。

テレビでCMもやっていたとは思うのですが、そこまで目を止めてみていなかったかも。


今でこそ「MOTHER」シリーズは神ゲーであり、任天堂は全ジャンルに強いゲーム界の覇者。

しかしこの頃のRPGと言えば「ドラクエ」一強の時代。

「FF」でさえもドラクエに挑む挑戦者の中で、「FFⅡ」でようやく一歩抜け出した2番手ランナーぐらいのポジションでした。


当然、王者任天堂であってもコマンド式RPGは未開の領域。

「MOTHER」以前に出した同ジャンルのゲームは「銀河の三人」だけですからね。

銀河の三人

今ならちょっとやってみたいかもと思いますが、当時は全く食指が動かず、周囲の友達の中で買った人もいなかったので貸し借りさせてもらう機会もなく。

そんなわけで「銀河の三人」の任天堂がRPGを新たに出す!と聞いても、「あっ、そう。それよりドラクエやWIZの新作まだ?」ぐらいに思ってた程度でしたねぇ。


加えて制作にあの糸井重里氏が参加!と聞いてもいまいちピンとこなかったあの頃の僕。

糸井重里さんの名前くらいは知っていたけど、本を読んだこともなかったのであまり惹かれなかったのだと思います。

その頃の僕の中での糸井重里さんの印象は「となりのトトロ」のお父さんの声の人かなってぐらいでしたから。

テレビに時々出てる人ぐらいには思っていたかな。

週刊少年ジャンプのファミコン神拳に名を連ねていたゆうていこと堀井雄二さんならすぐにピンと来たのですが。


あの頃の話ですよ!

僕の糸井さんの入口は間違いなく「MOTHER」なのですから。


なので、当時よく読んでいた「宇宙皇子」の藤川桂介さんや「アルスラーン戦記」の田中芳樹さんなら買ったのになあぐらいに考えていたかもしれない(いや、きっとそこまでも考えておらずにスルーしていた)、振り返ればホント不届きな高校生でしたねぇ。

そんなわけで自分のお金で自由に買えていたとしても、発売日当日にはきっと買っていなかった。


だから今でも「MOTHER」の発売日が何月何日だなんて頭にないわけで。


僕にとっての「MOTHER」との記憶の始まりは7月ではなく、雪が舞い降りるような冬なわけで。


受験も終わり、ゲームも解禁された卒業間近の冬休み。


あ、ちなみに余談ですが、おつむの弱い僕はセンター試験(当時は共通試験って名前だったかな)などは受けておらず、2学期の段階で私立の志望校の合格が確定していました。


高校の友人に誘われて、人生初のアルバイトを経験し、生まれて初めて自力でお金を稼ぎ。

加えて、お正月には幾つになっても優しかった祖父母からのお年玉もゲット。


「ドラクエⅣ」の発売が控えていて待ちわびていた頃ですが、臨時収入を得た僕は何か新しいゲームを買いたくなりました。

そうして近所のゲームショップの棚の中を物色。

その時に目に止めて購入したのが「MOTHER」だったのですよ。


動機はよく覚えています。

ジャケ買いでした。


雑誌などでいい評判も目にしていて、それが頭にあったのかもしれませんが、購入を決意したのは間違いなくそのパッケージを目にしたから。

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赤一色のパッケージに今や有名なタイトルロゴのみのシンプルなパッケージ。

様々なイラストで彩られた他のファミコンソフトのパッケージの中で、一際目立つ輝きを放っているように見られました。

初めて「ウィザードリィ」を手にとった時と同様、こういったシンプルなパッケージに惹かれる傾向があったんですよねぇ。


もう1つ、「MOTHER」のパッケージに惹かれるきっかけになった理由があったのですが。

正月に田舎へ帰った時に、東京から帰省していた叔母から貸してもらった1冊(いや2冊)の小説。

「ノルウェイの森」

初めて読んだ村上春樹さんのこのヒット作に強烈な衝撃を受けていた僕は、「MOTHER」のパッケージに「ノルウェイの森」の表紙と通じるものを感じました。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

これね。

ちなみに下巻は緑色。


「ノルウェイの森」という作品を読んで、その内容に鮮烈な衝撃を受けた僕は、まるで麻疹にかかったかのようにこの作品にハマっておりまして、借りている間に何度も読んだものです。

そんな心理状態だったので、「MOTHER」のパッケージを見て迷わず購入しちゃったんですよね。


あ、なんだか「ノルウェイの森」みたい。


そんな経緯があって購入し、遊んだ「MOTHER」。

この、同じような時期に村上春樹作品と「MOTHER」というゲームに出会えた事は奇跡のような出来事でした。

本当に、この高校生最後の冬に「MOTHER」と「ノルウェイの森」という2つの作品にのめり込むことになったのです。


この頃は高校3年生で18歳。

いわゆる青春真っ盛りの時期ですが、どちらかと言えばそんなイケてない学生生活を送っていた僕。

クラスの中ではどちらかと言えば目立たないグループに所属し、同じ趣味の友人たちと好きなゲームやアニメの話で盛り上がっていました。

今のようにアニメやゲームが市民権を得ているような時代ではなく、当時の女子はスポーツが得意な男子や、バンドやってる男子に目が行く時代。

当然、彼女など出来たこともなく、恋愛をした経験もない。

告白したこともないから、失恋したことさえない。

伝説の樹の下で女子に呼び出されて告白されるなんて夢のまた夢。

そんな、青春時代。


そんなわけで「ノルウェイの森」、そして「MOTHER」という作品の中で僕は恋をし、女子とのドキドキする触れ合いを楽しみ、心を通わせ、そして悲しく辛い別れを経験したのです。

や、別れに関しては「MOTHER」の方では経験してませんけど。

いやいや、イヴとの別れは悲しかったか。


そんな青春の一頁と呼べるような「MOTHER」というゲームと過ごした時間。

高校卒業前という特別な時期に遊んだというのも、そういった心象に影響を与えたのかもしれませんが、間違いなく「MOTHER」というゲームには、他のゲームでは味わえない"何か"があったのですよ。


「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」は、現実では体験できるはずのない映画や冒険小説を体感できるようなゲーム。

対して「MOTHER」はひょっとしたら体験できるかもしれないような身近に起こるかもしれない出来事を体感できるようなゲームではないかと。

まぁ実際には「MOTHER」で起こっていることなんて起こりうるはずのないことばかりなのですが、登場人物たちの絶妙なセリフ加減によって、ああ、こんな人いそうだなぁって思える人ばかりなんですよね。

いやまぁ実際にはこんな人いないだろ!って人の方が多いとは思うんですが、いやいや、絶対いそうだよって思える錯覚を覚える人たちばかりなんです。


ヒーラーのいえにヒーラーなる人が出てきます。


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「しんじようがしんじまいが、わたしはヒーラー。どうしたい?」

「きをいれる/やわらかくする」


信じるもなにも、この頃の僕はヒーラーがよくわかんなかったし、気を入れるも柔らかくするも、なにがどうなるかわからなかりませんでした。

この頃のゲームで状態異常を回復してくれる人と言えば、大体僧侶。英語で言えばプリースト。

もしくは医者ってところでしょうか。

そんなわけで、わたしはヒーラーとか名乗られても、誰?としか思えなかったのですよ。


全てにおいてこんな調子で、糸井節が終始炸裂。

脱力感あふれる内容なのに、妙に説得力あったりと、出てくるキャラ全員と喋りたくなってきます。


全てのキャラが魅力的なのですが、一番印象に残っているのはマジカントのダンジョンにいる"忘れられた男"ですね。

シリーズを通じても大好きなキャラクターで、とても印象的なイベント。

彼はこちらが通りたい通路を塞いでいるのですが、その彼が話す内容が当時とても衝撃的でした。

今でも大好きです。


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「オレはわすれられたおとこ。いないのもとうぜん」

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「やさしいことばなんてかけてくれたらこまっちゃうぜ。ひとこいしくなったらいきていけない」

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「うんがいいとかわるいとか、そんなことオレにはかんけいないね。いきをするのにせいいっぱいさ」



息をするのに精一杯だなんて、このセリフを書いた人、どうやったらこんな言葉を思いつくんだろう、天才としか思えない!とひたすらに思っていました。

ホント、「MOTHER」で僕はそれまで知らなかった糸井重里さんにハマってしまいましたねぇ。

テレビに出てたらチェックするようになりましたし、学校の図書館で著書を探すようにもなりました。

「MOTHER」を遊んでなかったら、その後、テレビで定期的に放送されていた「徳川埋蔵金発掘スペシャル」も見てなかったかもしれませんし。ほぼ日手帳を毎年買うこともなかったかもしれません。

まさに「MOTHER」が僕にとっての糸井重里さんの入口となりました。


その他、一人一人のキャラクター、一つ一つのイベントも忘れられないものばかり。

セリフの妙とあいまって、とても心に残っていくんですよね。

前述の忘れられた男との出会いもそうですが、ピッピとの墓場の冒険、ゴミ箱に隠れたおともだち(ロイド)との出会い、マジカントでのクイーンマリーとの出会い…

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マジカントと言えばフライングマンは強烈でしたね。

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最初、僕はフライングマンのことはよくわかってなくて、「ミネルバトンサーガ」の傭兵のようなもんだと思ってました。

戦闘で死んだら消えるので、また戻って仲間にして…普通のRPGの文法にのっとった便利キャラ程度に思ってたのです。


しかし、ある時気付きます。

連れて行くたびに人数が減って行くフライングマン。

比例して、増えていく墓。

墓標に添えられたメッセージ…


たけGのちとにく。ゆうかんなるフライングマンせんし、ここにねむる。


本当に死んでる⁉︎

死を厭わずただ僕のために命をかけて戦っている⁉︎


気付いた時には、自分の心を削られるような痛みを感じましたねぇ。


ただのゲーム中の便利なユニットくらいに考えていたら、こんなに心に突き刺さる結果を伴ってくるとは。

物を大事にせず、使い捨てにするような現代人の生き方を警鐘を慣らすかのようなフライングマン。

墓標に描かれた彼らの健気なメッセージを見るにつけ、深く、深く心にその言葉が突き刺さりました。


僕は…取り返しのつかないことをしてしまった…

僕はフライングマンを死なせてしまった!


なのに、初回プレイでは最後の5人目まで連れていきましたけどね。


鬼か!


とか思われるかもしれませんが、ほら、そこはゲームだから5人全て死んでしまったら何かあるんじゃないか、復活するんじゃないかとか考えたのですよ。


結局、何も起こりませんでしたが。

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ただ5つの墓標が並んだだけ。


怖い〜、怖いゲームだよこれ〜。


「ファイナルファンタジー Ⅱ」ではキャラがどんどん自己犠牲の精神で死んでいきましたが、あくまでシナリオによって定められた、避けられない死。

しかしフライングマンの死はそうではないんですよね。

主人公の血と肉、大いなる悲しみ、内なる力、永遠のしもべ、フライングマンたちはそれぞれの生き様を主人公の一部として形容して行っていくのですが、その中に“善なる心”というのもあるのですよ。


まさにフライングマンを道具として使っていることで、主人公の良心も死んでいったということなのか…?


怖いよー、フライングマン、いや、僕自身が怖いよー。


そう、フライングマンとはまさに自分自身。

フライングマンの死と共に、自分自身の何かも死んでいった。

そんなふうに捉えてしまって、もう怖くて痛くて。


2周目プレイの時には、戦力になると分かっていてもフライングマンは連れて行きませんでした。

僕にも、良心がまだ残っていたんだ。


数年後に発売された「MOTHER2」でもフライングマンは登場するんですけどね。


迷わず連れて行ったのは、僕が穢れを知らない子供から大人になったってことなのかな。


ちなみに、「1」のフライングマンは最後の最後までみな健気で、だからこそ心が痛んだのですが、「2」のフライングマンは最後の5人目になると、命を粗末に扱うなと怒られます。


いや、逆にそれぐらい言ってくれた方が付き合いやすく、扱いやすいと思える僕は、ゲップーのように腐ってますかね?


「MOTHER」のイベントで一番好きなのは、ホーリーローリーマウンテンの山小屋でのイベント。


主人公、おんなのこ(アナ)、もうひとりのおともだち(テディ)の3人で訪れた山小屋。

主人公は自分の名前を少しもじった名前を名付けていました。


アナは…恥ずかしいのですが、当時好きだった芸能人の名前をもじった名前をつけていたように思います。

本当は、高校のクラスで好きだった女の子の名前をつけたかったんですけどね。

遊びに来た友達にそれを見られてしまうのが怖くて名付けられませんでした。
 

いやー、恥ずかしいわぁ。

そして痛いわぁ、痛い高校3年生だわぁ。


そう、好きな女の子はいたけども学校でその子と話せるだけで嬉しかった程度で、女の子とお付き合いした経験などないわけですよ。

女の子と2人で遊びに行くような経験もなかったわけですよ。

そんな、ウブな男子高校生だったんですよ。


テディが気を利かせて主人公とアナを2人きりにさせてくれます。

ちなみにロイドとテディの2人は、当時好きだったバンドメンバーか、プロレスラーをもじった名前にしていたかな…

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「たけG…そばにいて」(ちなみに当然、たけGなんて名前はつけていません念のため)


「しずかね…おどりましょ?」


この流れで踊り始める2人。


「たけG、わたしのこと…すき?」


ここで、はい/いいえの選択肢。

ドラクエなどでのはい/いいえの選択肢で、いいえの回答をし続けるようなこともある僕ですが、ここは迷わず「はい」を選択。


アナは一言、

「…よかった」


のわああああああああ!

キュンキュンしたああああああ!


いや、ここで「はい」を選ばないのは男じゃねぇだろぉぉぉ!

「ドラクエV」の花嫁選びと同様、「MOTHER」のホーリーローリーマウンテンのイベントの選択肢は、全て「はい」一択だろぉぉぉ!


(ちなみに2周目の時に試してみたのですが、「いいえ」を選択した後の展開も実は悪くない)


しかしなんじゃコレェぇぇぇ!

めちゃめちゃ感情移入しまくりですがな!


もうね、初めてこのイベント遊んだ時には本当に胸がドキドキでしたよ。

鼓動の音が聞こえているかと思うぐらいにドキドキしていました。

こんなにゲームでドキドキしたのは生まれて初めて。

いや、その後もないんじゃないかな

ゲームの映像表現力が上がって、キャラクターたちも表情豊かに饒舌に愛の言葉を話すようになっても、この「MOTHER」の拙いドット絵のキャラたちが短すぎるセリフで演じた、この小さな恋の物語に僕のウブなハートはやられまくりでしたね。


この後の、テディのセリフがまたいいんだ。


「ふたりとも、なにあかくなってんだよ」


多分、この時の僕の顔は、本当に赤くなっていたのかもしれない。


現実社会で、まだ女の子に告白したことも、されたこともなかった僕が、最初に愛の言葉を交わしたのが、この「MOTHER」だったのかもしれません。


僕自身の恋愛経験がなかったからこその錯覚も強かったのかもしれませんが、短い、本当に短いセリフなのにすごい、アナの気持ちが伝わってきたんですよねぇ。

間を表現する「…」を交えているのも本当に絶妙で、とてもリアルに感じたものです。


10年以上の時を経た後に、GBAで「MOTHER1+2」が発売された時、実に久しぶりにホーリーローリーマウンテンの山小屋へ訪れた時。

かつて感じたドキドキを思い出し、あぁ、このイベントはすごかったよなぁ、と思いながらアナとダンス。

(「1+2」では普通にアナ、ロイド、テディで名付けていたかな)


感動と、懐かしさはありましたが、あの時、ファミコンで感じたドキドキは、そこにはもうありませんでした。


あれ?こんなもんだったっけ?


そんな印象。

ファミコン版を3回ほど周回プレイしたので、もう慣れ切っていたのかもしれません。

あの時の思い出も美化され過ぎてしまっていたのかもしれません。


ですが、このイベントを大人になって改めて遊んでみて、あの時のようなドキドキを感じなかったのは、

やはり僕が大人になってしまったってことなんでしょうね。


恋愛経験もない、純な高校生だったあの頃と違って、GBA版を遊んだ時の僕はもう立派な大人。

(精神年齢は子供のままかもしれませんが)

豊富とまでは言わないまでも女性との恋愛も何度か経験し、恋愛の酸いも甘いも知ってしまった僕はもう、「MOTHER」の2人の小さな恋のメロディにドキドキすることはなくなってしまったのでしょう。

まぁ、それが大人になっていくってことなのかな。


ドキドキはしなかったけど、あの頃とは違った視点で微笑ましく見ることはできました。

ああ、この2人のような、汚れを知らない淡い恋ができる頃に戻りたい…とは思いましたけどね。

大人になっても、やっぱり痛い性格は変わらないなぁ。


そんな、まさに僕の青春とも呼べるファミコンの「MOTHER」

少年時代の終わりとも言える高校3年生の冬の時期に出会えたのも、またよかったかもしれません。


RPGとしての楽しさを知り、冒険する楽しみを覚えたのは間違いなく「ドラゴンクエスト」

映画やドラマを自分で操作する感動を覚えたのは「ファイナルファンタジー」

ひたすらに戦闘して成長させてアイテム収集する楽しさにどっぷりのめり込んだのは「ウィザードリィ」

日常から非日常へ移り変わるダークな世界観にハマってしまったのは「女神転生」


ファミコンで出会ったRPGは、どれも特別なものばかりで今も好きだと言えるものばかり。

セリフもBGMも今も記憶に残っています。


そんな記憶に残る名作たちの中で中で「MOTHER」を遊んだ時の感覚を思い出すのは、それらのどれとも違う不思議な感覚。

ゲームを遊んだというより、僕自身が実際にそこにいたような錯覚を覚えるんですよねぇ。

子供の頃に友達と近所で大冒険したような、そんな感覚が「MOTHER」にはあるんです。


遊んで面白く、オススメできるのはシステムもストーリーもキャラクター性もあらゆる面がパワーアップしている続編の「MOTHER2」です。

シナリオ面で異質な部分も多いけど、シリーズの最後を飾った「MOTHER3」はシステムが成熟した完成形と言えるかもしれません。

ですが、ファミコンという制限のありすぎるハードで作られて、第1作のためいろいろ手探りで未成熟な部分も多いけども、遊んでみて心に強く残ったのは、最高傑作の「2」よりも、シリーズ最終作の「3」よりも、「1」が強烈だったんだよなぁ。


「MOTHER」初体験であり、思春期の多感な時代に出会ったのが何よりも大きいかもしれないけれど、このファミコンのRPGには特別な何かがありました。


そうそう、「MOTHER」と言えば音楽!

ムーンライダースの鈴木慶一さん作曲の8ビットサウンドがとてもいいんですよ。

MOTHER

思わずスキップしたくなるようなフィールドの音楽、神秘的で幻想的なスノーマンのテーマ、そして世界に散らばる曲が一つになって奏でられるエイトメロディーズ。


目を閉じれば今でも頭の中で奏でられるメロディーたち。どれも心に残っています。

「MOTHER2」でも鈴木慶一さんは続投されていて、スーパーファミコンの音源を使用したBGMはより豪華にメロディを奏でてくれますが、ファミコンの音源のBGMの方が、なぜかより心に残ってます。

後にサントラでアレンジされた、ボーカル入りの生演奏のものを聴いたりもしましたが、ファミコンのBEEP音で奏でられる音楽の方がいいなぁと感じられてしまうのは何故だろう?



まぁ、これについては「MOTHER」に限ったことではないので(例えば「FFⅢ」の「悠久の風」もファミコン音源の方が好き)、ファミコンマジックなのかもしれませんけどね。


攻略本についても面白いものが出ていたんですよ。

最近も「MOTHERのことば」という、セリフに特化した面白い本が出ましたが、当時僕が購入した本に「マザー百科」なる本がありまして。



パッと見た目や、「マザー百科」と言うタイトルからしても普通の攻略本っぽいですが、(当時の僕もそのつもりで購入した記憶があります)、中身を読んでみてまぁびっくり。

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なんと形容したらよろしいでしょうか、「MOTHER」の世界を本当に旅行するためのガイド本のような作りになっています。

「ことりっぷ」みたいなイメージと言ったらわかりやすいでしょうか。

街や人物が、本当にそれっぽい現実の写真を添えて書かれているんですね。

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とってもシャレが効いていて、読んでいてとても面白い。

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クイーンマリー城がまさかのタージ・マハルって。

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著名人の方々がそれぞれの「MOTHER」への思いを寄稿しているなど、読み物としてもとても読み応えのある一冊です。

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吉田戦車先生の、この4コマが大好き。


攻略本としても機能しますが、何よりも読み物として何度も何度も読んだ愛読書。




本自体がヨレヨレになるぐらい読み続けてきたんだなぁ。

本棚に並べる用でもう一冊買っておけばよかった…


音楽や書籍など、その周辺に至るものまで大好きになった「MOTHER」

攻略本はともかくとして、ゲームのサントラCDを買ったのも「MOTHER」が初めてでした。

まぁこの辺も、人生初のアルバイトをして、自分の好きに買い物ができる収入を得るようになったこともあるとは思いますが、そんな、少年から大人へと変わるタイミングで出会った「MOTHER」と言うゲームは本当に特別な存在でした。

先にも書きましたが、大人になって「MOTHER1+2」で遊んだ時に、そこまでのインパクトを覚えず、やっぱり「2」の方が面白いなと感じたのは、すでに「1」は経験済みであり、古びた子供時代のアルバムを見るような、そんな感じだったからなのでしょうね。


高校生最後の冬に初めて「MOTHER」を遊んだあの時の感覚。

あの感覚は2度と味わえないのかと思うと、それは少し寂しくもあります。

なので、これから「MOTHER」を初めて遊ぶ人がおられたら、とても羨ましく思いますね。

昔のファミコンのゲームなので、今時のゲームに慣れ切った人たちにはちょっと遊びにくいゲームかもしれない。

だけど、遊んだことがない人には是非、遊んで欲しいなと思うゲームです。

特に、子供たちには一度遊んでみて、その物語やキャラたちの台詞回しを楽しんで欲しいと思うのです。

糸井さんが紡いだ言葉の一つ一つがきっと、心に残っていくと思うから。


なので、今の時代の子供達が遊びやすいように、Switchで「MOTHERコレクション」みたいなソフトを発売してくれたら、嬉しいなぁ。


まぁ、個人的に自分が遊びたいからと言うのが一番なんですけどね。



今回はこの辺で。

いつかまたここで会いましょう。


おたがい、よくやったよな。

それじゃ、リセットボタンをおしながら

でんげんをOFFにしなさい、わかったね


ガチャン ツーツーツー