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今日は母の日ですね。

母の日に遊びたくなるゲームと言えば、やっぱり「MOTHER」シリーズかな。


どーも、たけGです。


5月12日は母の日。

ゲームの世界で登場するお母さんと言えばいろんなお母さんを思い出します。


「ドラゴンクエスト」シリーズには「Ⅲ」のお母さんを筆頭にいろんなお母さんが登場しますね。

最新作「ドラゴンクエストⅢ HD-2D」ではお母さんに声がついて、それがすごい良かったんですよねえ。

「Ⅺ」の、2人のお母さんも良かったですが、個人的には「Ⅶ」のお母さんが1番印象に残ってます。


それと「ポポロクロイス物語」

お母さんを助けるために、会うために困難な冒険をして成長していくピエトロに感情移入しながら涙したもんです。

DS版で遊んだ「二ノ国」も、お母さんを助けるための物語でした。


「真・女神転生Ⅱ」における母と子の関係性を知った時は衝撃でした。

「真Ⅰ」のお母さんに起こったことは…あまり思い出したくないな。


遊んだことないけど「グランディアⅢ」に出てくるお母さんはかなり強烈みたいですね!


そんな数多のゲームの中で、お母さんを思い出すと言えば、タイトルがそのものずばりな「MOTHER」シリーズ。


「MOTHER」シリーズにももちろんお母さんは登場しますし、タイトルがそうであるように母と子が1つの大きなキーワードのゲームです。


「1」と「2」の、プレイヤーの分身である主人公を暖かく迎えてくれるお母さんももちろん素敵なお母さんなのですが、お母さんで1番強く印象に残っているのは、シリーズ最終作である「MOTHER3」のお母さんです。

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それは切なくて、悲しい思い出。



まずは「MOTHER3」というゲームについて思い返してみます。

 最初はファミコンで発売された、任天堂発売のRPGシリーズ「MOTHER」の3作目にして完結編。


僕は「MOTHER」というゲームが好きで、「1」も「2」もかなり遊びこみました。

「2」から随分時間が経って、ゲームボーイアドバンスで本作「3」が発売されたのですが、その「3」、元々はN64の周辺機器64DDで発売される予定でした。

今のこの時代、64DDというハードが存在したことを、果たしてどれだけの人が知っていることでしょうか。


64DDはN64本体に装着する磁気ディスクドライブで、ファミコンのディスクシステムを思い出させるものでした。

64DD(ロクヨンディディ)本体

CD-ROM機であるPSやサターンと比べて、カートリッジでのソフト供給を行なっていたN64はソフト容量に関して圧倒的に不利で、CGムービーやフルボイスによる演出などが難しく、性能面では当時最高だったにもかか関わらず、見た目で損していた部分もあったと思います。


そのため64DDは磁気ディスクを採用することにより、カートリッジソフトの容量不足を補うことが期待されていました。

とは言っても、DD用の磁気ディスクの容量自体、CD-ROMの容量には遠く及ばないものであり、N64後期には磁気ディスクと変わらない容量のゲームも出ていたという、まさにファミコンディスクシステムの再来のような状況にもなっていましたっけ。



ですが、この64DDの目玉はそのソフト容量にあったわけではなく、磁気ディスクに“書き込める”という特徴があったんですよ。


当時の雑誌をみても64DDのセールスポイントとして“書き込める”ことを前面に出してアピールしており、それが今までにない新しいゲームにつながっていく、ということを大々的に宣伝していました。

プレイするたびに世界が変わっていくみたいなことを言ってなかったかな。


正直、そういった技術についての話に疎かった僕には、“書き込める”新しいゲームというのが、何がどうすごくなるのかよくわからなくてですね。

むしろPSやSSの、CD-ROMの大容量の方が非常によくわかりやすかったんですよねぇ。

今にして思えば、現在のダウンロードコンテンツやアップデートによってゲームの内容や環境が変化するようなことを指していたのでしょう。


今でこそ当たり前になっている要素ですが、インターネットもまだ一般的でなかった20年以上前に実現しようとしていたんだから確かに未来を先取りしようとしていたんだなぁと思い、着眼点がやっぱり違うな任天堂と思います。

かといってその着地点が外れてしまうのもやっぱり任天堂らしいかなとも思いますけど。

サテラビューのようにね。


そんな64DDの目玉ソフトが「ゼルダの伝説 時のオカリナ」(仮称では「ゼルダの伝説64」でした)であり、「MOTHER3」であったのですよ。


大好きな「ゼルダ」と「MOTHER」の新作が出るんなら、64DDも買っちゃうよ!と、あの当時は思ってました。

雑誌の記事で製作中の画面写真を見ながらワクワクしてましたねぇ。

発表されたポリゴンの3Dグラフィックに「MOTHER」らしさが感じられなかったのが少し不安でしたが、マリオのポリゴンもすぐに慣れたし、「ゼルダ」も凄そうだし、遊んでみたら慣れるだろうなと思いながら、発売日を心待ちにしていました。


ですが一向に発売されない「MOTHER3」。

発売日が発表されたと思ったら、しばらくも経たないうちに延期される「MOTHER3」。


でもまあ、発売日が伸びるのは「MOTHER2」で経験済み。

期待通りに出ると思うな「MOTHER」の新作と埋蔵金。

完成すればちゃんと発売されることを疑いもしませんでした。


そのうち「ゼルダの伝説」が64DDからROMカートリッジでの発売に変更。

それでも、「MOTHER3」が出るなら64DDを買おうという気持ちに変わりはなかったのですが…


その後、「MOTHER3」も結局ROMカートリッジで発売されることが発表されました。

でも、この発表について僕は好意的に受け止めることが出来ました。

「MOTHER3」を楽しみにしていた殆どのユーザーが同じ気持ちだったんじゃないかな。

これで64DDが発売されても買わなくてもいいかもしれない。

いや多分買わなくてもいいだろうと。


“書き込める”ハード、64DDが欲しかったのは「ゼルダ」や「MOTHER」の新作が遊べるかもしれないから。

やっぱりハードを買うのは遊びたいソフトがあるかどうかなんですよ。

なので既に持っているハードで、ソフトだけ買えばいいのならそっちの方がむしろ大歓迎。

実際、出ると言われていた「裏ゼルダ」も出なかったので、遅れに遅れて発売された64DDを僕は結局買いませんでしたからね。

なんか販売方法も月額払いとかで特殊だったし。


64DDの話はこれぐらいにしておいて、ROMカートリッジで出ることになったことで「MOTHER3」の発売も早まるんじゃないかなと期待したもんなのですが…


一向に発売されない「MOTHER3」

それでも、「MOTHER」の新作がなかなか出ないのは今まで痛いほどに体験済み。

期待通りに出ると思うな埋蔵金と「MOTHER3」


発売日が確定し、すぐに延期になったところで発売されることには間違いはないはずと思っていたのですが…



PS2も発売され、ゲームキューブの発売も発表されていたような頃、「MOTHER3」の発売中止が発表されました。


これには萎えましたね。


世間ではPS2が旋風を巻き起こし、任天堂もパナソニックと共同開発で新ハードを発表しても、64の「MOTHER3」を楽しみにしていましたから。

もう64が時代遅れのハードになっていたとしても「MOTHER3」出たら買うよ!と思いました。

もしかして、64DDからカートリッジへの変更で逆に開発が難航したという理由なら、やっぱり64DDで出せばいいじゃん!

それだったら、ちゃんと64DD買うよ!と思っていました。

新ハード出すんならそっちで出せばいいじゃん!

任天堂の新ハードなら買うこと確定してんだから、そっちで「MOTHER3」を出してくださいよ…


そう嘆いても発表された事実は変わらず。


もう「MOTHER3」が発売されない、ということにしばらく落ち込みました。


掘っても掘っても出なかったのが埋蔵金。

待っても待っても出なかったのが「MOTHER3」。

期待に胸躍らせた日々が実現しないまま過去のものになってしまった…。



しかしその後、数年過ぎ「MOTHER3」のことを忘れかけていた頃にニュースが飛び込んできた。


「ゲームボーイアドバンスで『MOTHER3』発売が決定!」


最初はゲームキューブでなくアドバンスということでちょっとズッコケましたけど、「MOTHER3」が発売されるという事実には素直に喜びましたね。

ハードがGBAなんで64版として発表されていた3Dグラフィックではなく、SFC「MOTHER2」の頃のドット絵グラフィックに回帰するのだろうなということも予想されました。

これについては出来ればゲームキューブで出してもらって、ずっと夢見ていた64版のグラフィックの「MOTHER3」を遊んでみたかったな、と、ニュースを目にした最初の時点では思っていたように覚えています。


ですが、発表された後、なかなか発売されないGBA版「MOTHER3」

「3」発表からほどなくして発売された「MOTHER 1+2」をクリアしても発売される気配は全然見られず、そのうちにGBAの後継機種であるNintendoDSが発売されてしまう事態に。


でもまあ、待っても待ってもなかなか発売されないのは64版「MOTHER3」を待っていた頃に経験済み。

期待通りに出ると思うな「MOTHER」の新作と埋蔵金。

64版のようにアドバンス版が発売中止となって、DSで再発表となってもおかしくないぐらいの境地でいましたよ。


発表から実に3年くらい過ぎた頃、世間の携帯ゲーム機の話題がDSやPSPに移ってしまった頃に「MOTHER3」は発売されました。

もちろん予約し、発売日に即購入。

当時のDSはまだGBAソフトの互換機能がありましたが、僕は同時期に購入したばかりのゲームボーイミクロで遊んでいました。

ゲームボーイミクロ (ファミコンバージョン) 【メーカー生産終了】


このファミコンバージョンにベタ惚れしましてね。

ゲームボーイアドバンスSPを持っており、DSでもGBAソフトが遊べるという状況にも関わらず買ってしまいました。

実は今でも現役で稼働しています。


これは名機ですよ!

手のひらサイズでスーパーファミコンレベルのGBAソフトを遊ぶことが出来る!

これにネット環境が実装されてダウンロードタイトルを遊べるようになったらまさに神ハードになるんですけどね。

任天堂さん、PSP Goのようなダウンロードに特化したミクロのようなハードを出しませんカ?


いや、売れないかな… 


このハードについて書くと長くなるのでとりあえずこれくらいにして、本題の「MOTHER3」。

先に書いたように発表当初は据え置きのゲームキューブのソフトでなかったことに、ちょっとガッカリしたもんですが、いざ発売されて遊んでみるとむしろGBAで良かった!と思いました。

買ったばかりで大好きなハードになっていたミクロで遊べるということももちろんあるのですが、この頃の僕は据え置きゲーム機離れが顕著になっていまして、PS2やゲームキューブを起動するのがすごい面倒くさい体質になっていました。

そのためGBAのソフトで遊ぶことが多くなっていた頃だったので、GBAというハードで出してくれてありがとう!

という感じでしたね。


何より「MOTHER2」の頃に回帰したようなドット絵がいい!

温かみのあるドット絵で動くキャラたちを見て、これこそがやっぱり「MOTHER」だよなぁと思ったものです。


64版のグラフィックで遊びたかったな、という気持ちも若干残ってはいましたが。 


そんな、とっても楽しみにしていた「MOTHER3」。

それが遊んでみて、そして遊び終わった後も、目眩のような軽い違和感を感じたものです。


章仕立てで主人公が章ごとに変わる「ドラクエ4」形式のシナリオ。

メインの主人公であるリュカが本編の主人公になるのが第4章からなのですが、リュカが主人公になったあともシナリオが章ごとに進むのが「ドラクエ4」とは異なる点かな。


それと物語の舞台である世界が非常に狭い。

スタートする舞台がノーウェア島にあるタツマイリ村。

物語が進むにつれ、広い世界へ出て行くもんだと思っていたのですが、物語の舞台は最後までノーウェア島のままでした。


アメリカをモデルとした大陸を巡る冒険だった「1」、「2」と比べると世界が小さい島のままで終わってしまうんです。


かつての「伝説のオウガバトル」から「タクティクス・オウガ」でも大陸での覇権を争う戦争から、ヴァレリア島という1つの島での覇権を争う戦争へと、考え方によってはシリーズの続編でスケールダウンしてしまうことはありました。

ですが、「オウガ」に関してはRTSからタクティカルSLGへとジャンルが移行したということもあり、更にはヴァレリア島に関して緻密に地理情勢が描かれていて、世界の狭さを感じさせるようなことはありませんでした。


一方、「MOTHER3」に関しては「2」とほぼ同様のグラフィック、システムのゲームということから、世界の矮小化が非常に強く感じてしまいます。

その島の中での村や街はとても少ない。

と言うか、基本的にはスタート時点のタツマイリ村のみであとはイベントマップみたいなもの。

最後に登場する大都市も、「2」のフォーサイドと比べるとあまりに狭い。 

「1」や「2」や、もしくは「ドラクエ」や「FF」のように広いフィールドを旅して次の街から次の街へへ、という展開がないんです。


世界を旅するのではなく、章ごとによって小さな世界の中で区切られた物語を小説感覚で読み解いて行く感じです。


そして「3」の特徴として全2作と最大に異なるのは物語を覆う世界観、雰囲気が非常に重く、暗いこと。

終始暗い雰囲気のまま物語が進み、重い展開のまま物語が終了します。


前作、前々作においても暗い鬱展開はありましたし、なによりシナリオライターの糸井重里さんによるブラックユーモア満載のゲームではありました。

それでも、ベースとなっているのは明るくてポップで、ちょっとおかしな世界観。

どんなに暗い展開やシナリオであっても、常に道の先には光があり、陽へ陽へと進んでいってました。


なにより、厳しい戦いや沈んでしまいそうな展開のあとでも自宅にかえればママがいて、主人公の大好物を作って心まで癒してくれます。

電話をかければパパの声。

勇気付けてくれるとともにキャッシュカードにお金を振り込んでくれました。

妹やペットの犬など、明るく暖かい家庭が常に主人公の傍にはいつもいたんです。


ですが「3」にはそれがない。

家族は早い段階でバラバラになります。

父親、母親、双子の兄…。

家族が引き裂かれるところから「3」はスタートするんです。

「1」や「2」で常に主人公に寄り添っていた家族が、家が、無くなってしまうんです。


「MOTHER3」の見た目は「2」と同様に明るくてポップで、ちょっとおかしな世界観。

糸井さんによるユーモアたっぷりなセリフ回しやストーリーテリングも健在。
 

ですが、本筋の物語は進めても進めても光は見えず、陰へ陰へと進んでいくことになります。

まるで出口の見えないトンネルをさまよっているかのよう。


ラストでリュカを待ち受ける運命は、あまりにも悲しく、残酷なものです。

最後まで見ると家族の絆や温かさをとても感じられる感動的な展開になりますが、それでもリュカに感情移入し過ぎていてしまうと救われない展開ともとれてしまうんです。


前作までが好きであればあるほど、「3」のその落差に愕然としてしまうこと間違いなし。


「1」と「2」はGBAの「1+2」を含めると、どちらも2〜3回はクリアしているのですが、「3」はその話の重さから、クリアした当時はすぐにもう一度最初から遊んでみようという気にもなれなかったんですよねぇ。

このあまりに悲しい展開を見直すのが辛くって。 


「MOTHER」と言えば、マジカント。
 
「1」が出て、「2」のサブタイトルが「ギーグの逆襲」でちょっと「スターウォーズ」ぽいなと思っていたところ、何かの雑誌の冗談めいた記事にて「3」のサブタイトルは「マジカントの復讐」だ!みたいなことが書いてあるのを目にしていたのを覚えてまして。

なので、この「3」においても、暗く、重い展開が続く中で、どこかのタイミングでマジカントが登場し、この暗く淀んだ世界の真実が語られ一気に世界が一変して明るい未来を予感させる展開になっていくのでは?

そういった流れを期待しながらプレイしていたもんですよ。


ですが結局、「MOTHER」らしさを表す1つのピースであったマジカントは登場しないままラストへ向かいます。


そして、ラストに見られるまさかの世界の変化。

その後の解釈の難しい展開、“END?”からのエンディングへ…


クリアした後でちょっと釈然としなかった部分もありました。

「エンディングまで泣くんじゃない」と謳っていた「1」と同様に最後の最後は1番泣ける展開でもありましたが、泣いたあとでのなんだか救われなく、そして何がどうなったのか、プレイヤーの想像に委ねるような幕引き…


初回プレイで最後まで遊んだその時は、ちょっとコレジャナイ感がよぎったのも事実です。

これは「MOTHER」じゃない、と。


ですが、その後よくよく考えて、プレイして通ってきた道を振り返り、更には「1」と「2」と照らし合わせながら僕なりに解釈してみた結論は、やっぱりこの「3」も紛れもない僕の好きな「MOTHER」であるということ。


世界は矮小化したけれど、人々の個性はより密度が増しており、人々の生きている感を十二分に感じることが出来ます。

その住んでいる人々のセリフの1つ1つ、目にするイベントの1つ1つが強く胸に染み、時として胸に突き刺さるのは紛れもなく「MOTHER」の世界なんです。


そしてゲーム中訪れる、お母さんとのイベント。

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ひまわりの高原の章。

戦闘もなく、セリフもない1つのイベントのみの章ですけど、1番強く胸にのこっています。

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「MOTHER」というシリーズタイトルですが、その名に一番相応しいのがこの「MOTHER3」だと思います。

母の日に遊びたいゲームの理由はこれですね。

ちょっと悲しいゲームではありますけども。
 
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話を戻して「1」と「2」はそれぞれの主人公を操作することでプレイヤー自身が主人公と一体化して、冒険する物語でした。

一方で「3」はリュカやフリントといった主人公を操作しつつ、彼らと一体化するのではなく彼らを見ながらプレイヤー自身がが冒険する物語ではあったのではないかと思い至ったのです。


それを象徴するのが「3」では登場しなかった“マジカント”。


シリーズに登場するマジカントとは、誰かが見ている夢の世界。

「1」におけるマジカントはクイーンマリーが見ていた夢。

「2」におけるマジカントは主人公ネスが見ていた夢の世界でした。

そして「3」においてマジカントが登場しなかったのは何故か?

いや、登場しなかったのではなく、すでに登場していたのだとしたら?


この「3」の世界そのものが、「3」におけるマジカントではなかったのではないでしょうか。


「3」の舞台であるノーウェア島。

たった1つの村しかなく、外界から拒絶されたような小さな島で、前作までの世界との繋がりが一切感じられません。

(というか、この島以外の世界は滅びているという衝撃の事実が)


この事実は、このノーウェア島が「2」までの「MOTHER」の世界には存在しない島ではないことを意味しているのではないでしょうか。

「1」におけるマジカントは“ちずにのっていないばしょ”でした。


そして、ラスト、ネタバレになりますが…



リュカの最後の行為から「3」の世界は崩壊していくのです。

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前代未聞ですよね。

ラスボスを倒し、世界が救われ、明るくなるかと思いきや崩壊していく世界。


でも、「1」や「2」をプレイした方ならご存知だとは思いますが、その2作においてマジカントは夢が覚めた瞬間に崩壊をはじめていくのです。


リュカが、ドラゴンの針を抜いた瞬間に崩壊していく世界。

この世界がマジカントであったのなら、それはドラゴンが見ていた夢?

否、リュカやその他「3」世界の住人のだれでもなく、今まで遊んできた僕=プレイヤー自身が見ていた夢であったと思えたのです。


僕がゲームをプレイすること=夢を見ていたということであり、リュカがドラゴンの針を抜くという選択肢は、プレイヤーの意思でゲームを終わらせるということ。

それが夢から覚めるということであり、プレイヤーが夢で見ていた世界、マジカント=今作「MOTHER3」の世界が崩壊していって現実世界に帰る、ということを意味していたのではないかと思ったのです。



メタな話でもありますけどね。

実際、世界が崩壊し、暗転して暗闇となった画面の中で、登場人物たちがプレイヤーの方へ話しかけてくるんです。

「そっちは大丈夫かい?」

「こっちはみんな大丈夫だ!」

と。


僕が「MOTHER3」というゲームをする時間が終わり、夢から覚めてマジカントであったノーウェア島は消滅したけど、どこかの他のプレイヤーが遊んでいる「MOTHER3」ではまだ世界は存続しているし、僕だってもう一度最初からプレイし直せばまた彼らに会える。

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プレイヤー1人1人が見ている夢の世界、マジカント。

それこそが、「MOTHER3」の世界であったのかもしれません。


解釈は遊んだ人それぞれだと思います。


今回はGBA「MOTHER3」の思い出語りでした。


1や2と比べると、悲しかったり辛かったりする展開が多い今作「MOTHER3」

当時はその暗さと重さから2回目は遊びたくないとも思ってたんですけども。

ですがやっぱり「MOTHER3」の世界をもう一度読み直したくなり、遊び直してみてから至った結論が、先に書いた説です。


ラストバトルから最後の展開は何度遊んでも、結果はわかっているのに涙腺大崩壊ですけどね。


今では時々また遊びたくなる、「1」や「2」と同様に大好きなゲームです「MOTHER3」

今ならNintendo Switch Onlineで遊ぶことが出来ます。


配信されてすぐに遊んでみたのですが、やっぱりいいな「MOTHER3」

とても大好きなゲームです。


今回はこの辺で。

いつかまたここで会いましょう。


MOTHER3さーん!

また、あえるよね。